「日本でもっとも美しい村 椎葉村」への旅にご一緒しませんか?

おつるちゃんの旅
03 /23 2017
平成29年5月23日(火)~5月25日(木)
椎葉村への旅
「日本でもっとも美しい村 椎葉村と人気の黒川温泉、高千穂、湯布院への旅 2泊3日」を企画いたしました。
ぜひ皆さんご一緒いたしましょう。

お申し込みは下記までお願いいたします。

株式会社 椎葉工務店
(㈱タイヨーシステムサービス)
TEL:072-848-1015
FAX:072-848-1085

または、
近畿日本ツーリスト㈱
大阪法人支店
担当者:脇山
TEL:06-4397-8778
FAX:06-4397-8779

椎葉村への旅パンフ_2

下記ファイルをプリントしていただき、
上記のいずれかにFAXいただいても結構です。

椎葉への旅_FAX申込書_2

皆様のご参加を心よりお待ち申し上げております。
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椎葉村について

椎葉村情報
03 /16 2017
椎葉村について、詳しく説明します。

椎葉村のホームページはこちらからどうぞ
椎葉村の観光情報はこちらをご覧ください。

また、椎葉村イメージキャラクター「おつるちゃん」Facebookもぜひご覧ください。

●椎葉村
(位置・地形)
 椎葉村は、宮崎県西北部、九州山脈のほぼ中央部に位置しています。
 面積は537.35キロ平方メートルを有し、その96%は山林原野で占められ、国見岳、市房山など九州屈指の秀峰をはじめ、標高1,000メートルを超える山々が連なっており、村域の多くが九州中央山地国定公園に指定されています。また、山々を分水界として耳川、小丸川、一ツ瀬川の河川が村内に源を有するなど自然豊かな村です。
(歴史・沿革)
 椎葉村は、壇ノ浦の戦いに敗れ滅亡した平家の残党が隠れ住んだ地の一つであると伝えられています。戦国時代は、向山城、小崎城、大河内城の那須氏の椎葉三人衆と呼ばれる豪族が支配しており、元和5年(1619年)に幕府領に編入され、肥後国阿蘇神社神主の管理下に置かれ、明暦2年(1656年)には人吉藩相良氏の預かり地となり、明治維新までその支配下に属していました。
 明治16年(1883年)に宮崎県に編入されるまで、日田県、人吉県、延岡県、美々津県、宮崎県、鹿児島県と幾度か管轄が変わり、明治17年(1884年)の臼杵郡の東西分割により西臼杵郡に属しました。
 明治維新前は、下福良、不土野、大河内、松尾の4つの村があり、それぞれ庄屋を置きましたが、明治5年(1872年)に庄屋制を廃止し戸長制となりました。
 明治22年(1889年)町村制発布に伴い、4つの村を合併して椎葉村とし、昭和24年(1949年)に東臼杵郡に編入し、現在に至っています。

●椎葉の平家伝説
 一の谷、屋島と源氏の追討を逃れながらも、一門の再興を夢見た平家一族。
 しかし、壇ノ浦の戦いにその夢は散り、一族はことごとく大海の藻屑と消えました。
 それでも、平家の血を絶やすまいと荒れる海を渡り、九州山地の奥深くに散り散りに落ちのびた者がありました。
 その中で、平清盛の末裔といわれる「鶴富姫」は、ごく少数の者たちと共に、険しい山々がそびえる椎葉までたどり着きました。
 椎葉では、刀も槍も捨て、後の世にわずかな希望を持って細々と暮らしていましたが、平家を根絶やしにしたい源頼朝の追及は厳しく、ついに、九州山地に隠れ住む平家の落人があることを知ると、屋島での扇の的落としで有名な弓の名手「那須与一宗高」に追討の命を下しました。このとき、病であった与一に代わり、追討の将となって兵を率いたのが、与一の弟である「那須大八郎宗久」でした。
 険しい道を越え、追討軍を椎葉山中に進めた大八郎が目にしたのは、かつての栄華は微塵もなく、肩を寄せ合って暮らしている平家の姿でした。大八郎は、世の哀れを感じ、これを討ち取ることは人の道にも劣ると悟り、追討を断念し、幕府には討伐を果たした旨を報告しました。普通ならここで鎌倉に戻るところ、大八郎はこの地に屋敷を構え、平家の人々へ農耕の方法などを教え、平家の守護神「厳島神社」を建立し、深く彼らをいたわりました。その間に、大八郎と鶴富姫は恋仲となりますが、源平決して相容れぬ間の恋、姫の屋敷の山椒の木に鈴をかけ、その音を合図に忍んで逢瀬を重ねます。
 その様子が、「ひえつき節」の一節となって伝わっています。
 「庭の山椒の木、鳴る鈴かけて、鈴の鳴るときゃ出てござれ、
   鈴の鳴るときゃ、何というて出ましょ、駒に水やろうと言うて出ましょ。」
その後、2人の愛は深まり、大八郎は永住を決意し、村中から祝福されます。
しかし、幸福な時間は永くは続かず、鎌倉から兵をまとめて帰国せよと命令が届きます。
このとき、鶴富姫はすでに身籠もっておりましたが、大八郎は鎌倉の目が再び椎葉に向けられぬよう帰国を決意します。仇敵平家の姫を連れていくわけにも行かず、別れの印に名刀「天国丸」を与え、「生まれてきた子が男子ならば、我が故郷下野の国へ、女子ならこの地で育てよ。」と言い残し、椎葉を後にしました。
この様子も「ひえつき節」の一節となって今に伝えられています。
「和様(あなた)平家の公達流れ、おどま(私)追討の那須の末よ、
  那須の大八、鶴富おいて、椎葉立つときゃ目に涙よ」
 時満ちて生まれた子供は女子で、鶴富姫は大八郎の面影を抱きながら慈しみ育てました。
 後に、その子に婿を迎え、那須下野守と愛する人の名前を名乗らせ、末永く椎葉の地を治めたと、古文書「椎葉山由来記」は伝えています。
 また、椎葉に魅せられた作家の一人、吉川英治氏は「新・平家物語」の中で、椎葉をこの世の理想郷として描いていますが、これは、大八郎がこの地にとどまったひとつの答えかもしれません。
 戦い、憎しみ合ってきた源氏と平氏の間に生まれた恋、この伝説は、遠く離れた奈良県野迫川村でも伝わっており、あながち史実と異なるとは思えません。

平家祭りコラージュ

椎葉の平家伝説を再現した、「椎葉平家まつり」は、毎年11月に開催されます。

国重要文化財「鶴富屋敷」

●鶴富屋敷
 那須大八郎宗久と鶴富姫の悲恋の舞台ともなった場所。敷地内には、鶴富姫のお墓や鶴富姫が朝夕化粧に使用したとされる「化粧の水」があります。
 正式には那須家住宅といい、建物は藤原期の寝殿造りで、大きく太い材料を使用しているところが椎葉独特の型式といわれています。
 また、一列型平面型式を有し、家屋前面に縁を横一列に長く配置するなど、平地が少なく傾斜をうまく利用するために考えられた知恵といえます。
 現在ある建物の建立は、明確な資料は残っていないものの、その建築技術から約300年ほど前といわれています。
 昭和31年に国の重要文化財に指定されました。

厳島神社 ななめ

●椎葉厳島神社
 椎葉の街並みを見下ろす丘陵に鎮座する椎葉厳島神社は、丘陵を覆う緑と朱塗りの神社のコントラストが美しいといわれています。
 ここは、市杵島姫命(イチキシマヒメノミコト)を祀っていますが、市杵島姫命といえば海の女神、航海安全の神です。
 また、厳島神社といえば、安芸(広島県)のものが平清盛が守護神として崇敬した社として非常に有名です。
 なぜ、海神に縁のないはずの山深い椎葉に厳島神社があるのか。
椎葉では、壇ノ浦の戦いで敗れた平家追討軍の源氏の大将、那須大八郎宗久が椎葉山中で細々と暮らす哀れな平家一族の姿を目にし、安芸の宮島にある厳島神社の守護神を勧請し建立したと伝わっています。
 そうした大八郎の姿が、椎葉に逃れた平家一行の中にいた平清盛の末裔とされる鶴富姫の心を打ち、源平決して相容れぬ間に生まれた恋物語として今に伝わっているのかもしれません。

民族博物館 コラージュ

●椎葉民俗芸能博物館
 椎葉村に受け継がれてきた儀礼、慣習、民俗文化を紹介した博物館で平成9年4月に開館しました。地上4階、地下1階で昔の村の民家風の造りです。平家落人伝説や村の季節行事、村内に伝わる神楽等を写真や民具、祭礼具の展示を通して紹介しています。また、九州やアジアの民俗芸能についても幅広く紹介しています。


仙人の棚田

仙人の棚田 (6)

●仙人の棚田
村の下松尾地区にある棚田は、近年、絶景スポットとして注目を浴びています。同地区周辺は、昔、川沿いや山の緩斜面に集落を成し、焼畑農業で蕎麦や大豆等を栽培して生計を立てていました。江戸時代末期から明治にかけて、当時の庄屋が中心となって、総延長約3キロの水路を開拓し棚田が作られました。

奨励賞 嶋岡伸好 『農の源風景』_ 焼畑

「焼畑」奨励賞 林田豊O7M0164

●焼畑
椎葉村は、他の地方と違って、四方を山で囲まれ、狩猟とヒエやソバが主食で、その大部分は焼畑農業であった。
「日向国臼杵郡椎葉山村々様子大概書」によると、延享3年(1746年)椎葉の耕地が田2反歩余、畑49町6反歩に対して焼畑耕作は、492町2反歩余だったという記録があるほどだから焼畑農業がそのほとんどであったことが分かる。
焼畑のことをこの地方では「コバ」といい、コバをつくることを「コバキリ」または「ヤボヒラキ」ともいった。8月上旬、天気の良い乾燥した日を選び、無事に火入れがすむよう山の神に御神酒を上げて、「火入れの唱え言」を口にします。厳かな火入れの儀式です。火入れをして、ヤボをすべて焼き払った後、まだ地面が燻っているところにソバの種をまく。ソバは、種まきから収穫までの期間が短く、75日目の晩飯に間に合うというくらい。

こうして1年目がソバ、2年目からはヒエかアワ、3年目が小豆、4年目が大豆といった具合に輪作される。そして、4年間栽培すると再び20年ほど放置され、地力の回復を待つ。作障害をなくし、肥料も農薬もまったく使わない焼畑農業。農耕文化の原点がここにあります。自然に対する恐れや、敬いの心も力強く息づいています。

いまや日本広しといえども、焼畑の光景を目にできるのは椎葉だけ。なかでも原始農法としての焼畑の火を守り続けているのは椎葉勝さんただ1人です。

神楽祭り_コラージュ

●椎葉神楽(しいばかぐら)
国指定重要無形民俗文化財

毎年11月中旬から12月下旬にかけて行われる夜神楽。村内26地区で保存伝承されており、各地区人が総出で神楽を舞っています。神楽は、椎葉の村人にとって一年を締めくくる祭りであり、地元では「冬まつり」「年まつり」とも呼んでいます。
神楽を舞う場所は本来民家で、神楽宿と称しています。また、神楽の舞所となる御神屋(みこうや)を設け、正面に神霊を迎える高天原(たかまがはら)を立て、周囲には注連やえりものなどの飾り付けをして神楽を舞います。
演目は、33番とよく言われていますが、必ずしも一定したものではなく、20数番から40番近くまでと様々です。
神楽の特色としては、この村で今も続けられている狩猟や焼畑耕作の要素を色濃く伝えており、山の生活を表しています。猪や鹿の奉納があったり、アワや大豆などの雑穀を用いる神楽が実に多く見られます。
また唱教(しょうぎょう)と呼ばれる唱え言も貴重なもので、神楽や採物の謂われを語ります。この唱教のなかには、平安後期に歌われた歌謡も含まれています。
各地区によって舞いも衣装も太鼓のリズムも多種多様で、舞いの一つ一つが昔のままの態様を残していることから平成3年に国の重要無形民俗文化財に指定されました。

大久保のヒノキ①

●大久保のヒノキ
八村杉から東、標高700mの山腹に大久保集落があります。その集落の奥に八村杉と同じく推定樹齢800年の日本一の大檜(ヒノキ)があります。幹周り9.3m、樹高32m、枝は東西32m、南北30mの広がりを持ち、樹幹に無数の枝幹が絡みつくよううにそびえている様子は壮観です。平成6年に国指定天然記念物に指定されました。
大久保集落の人によると、「檜」はこの集落を開拓し住み着いた先祖の墓印であり、気が優しい女性の墓印の木であるといわれています。そのため今も「檜」は、この地を開拓した祖先の墓印として大切に奉られています。


椎葉村のホームページはこちらからどうぞ
椎葉村の観光情報はこちらをご覧ください。

また、椎葉村イメージキャラクター「おつるちゃん」Facebookもぜひご覧ください。







桃の節句について

日々の事柄
03 /04 2017
待ち遠しい春が、椎葉村にももうすぐそこまで来ていますね。
桃はもう咲いていますか?

ひな人形
お雛様の並べ方について、
関西では男雛が左(向かって右)
      女雛が右(向かって左)
これは、関西では女性の力が強い、という意味合いらしいのです。

関東ではその逆で、男雛が右
             女雛が左
男性優位の並べ方をするそうです。

皆様の地方ではどうでしょうか?

おつるちゃんとひな人形
椎葉村では、どのように飾りますか?
おそらく、椎葉村の女性は強いですから、女雛が右かな?

山合いで暮らす人々は、厳しい冬の寒さにも耐えうる「生命力」と「躍動感」を持っています。
そして厳しい冬に耐えているからこそ、人間がやさしくなれるのです。

今、あの地でも、この国でも、生まれ育った地域を社会を蘇生させていく活動が繰り広げられています。

椎葉村、応援しています。
がんばってください!!

立雛
このお雛様は、奈良一刀彫人形で、奈良ホテルにも展示されています。
有名な作家さんで、愛子様にもお雛様を献上されており、
また、奈良一刀彫のお雛様は皇族の皆様からも愛されているとのことです。

梅の花
桃の節句なので、桃の花を買いました。
ですが、これは「梅の花」でした(^_^;)

桃の花
こちらが「桃の花」です(*^_^*)
皆さんは、区別ができますか…?

おつるちゃん、和歌山を行く!

おつるちゃんの旅
02 /24 2017
和歌山に行ってまいりました。
和歌山らしく、駅前でミカン販売がありました。
和歌山その他_コラージュ
和歌山城を訪れました。
和歌山城は、1585年に紀州を平定した豊臣秀吉が、弟の秀長に築城させたのが始まりです。
1619年には徳川家康の第10男・頼信が入城し、以来、水戸・尾張を並び徳川御三家の一つとして刻んだ、長い歴史に触れてまいりました。

有名な詩人で、作詞家の西条八十(1892年~1970年)が作詞した、「まりと殿様」の歌碑がありました。
西条八十は、「若い日、日うららかに柑橘が実るこの豊かな国を旅した時の感慨を、無心の幼児の手まりの動きに託した」と、
手記に残しているそうです。


田中太山先生の書画展を訪れました。
太山先生_コラージュ
太山先生には、弊社がお客様にお送りするはがきなどのデザインをお願いしています。
見ているだけで、心が温まるイラストです。
おつるちゃんも、太山先生と記念撮影していただきました♪

椎葉村を舞台にした映画「しゃぼん玉」    3/25(土)全国一斉ロードショー

椎葉村情報
02 /23 2017
椎葉村を舞台にした映画

「しゃぼん玉」が、3月25日(土)に全国一斉にロードショー!!

椎葉村の雄大な自然を、村の人々様子をぜひ映画でごらんください♪

映画の公式ホームページはこちら ⇒ http://www.shabondama.jp/

しゃぼん玉_表面

しゃぼん玉_裏面