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アフリカ・ザンビアの辺地で、私財を投じ貧しい人々の命を救う、日本人女性医師と知られざる椎葉村の物語

椎葉村情報
08 /24 2017
辛さを美しい結晶に変えて、世に送り出した女性医師と椎葉村の皆さま方の美しい秘話をお届けいたします。

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「世界 なぜそんなところに日本人が?」
世界で活躍する知られざる日本人を紹介しているテレビ番組をみました。(2014年放送)
内容は以下の通りです。

「病院のない地域(アフリカ・ザンビアの辺地)に自ら行って、巡回診察を行っているひとりの日本人女性がいる。
しかも巡回診察の値段は無料。その日本人の名前は、山元香代子医師。
山元さんは無給で薬と診察を提供し、年回500万円の自費と寄付金で活動しているという。
山元さんは3ケ月間日本で働いて金を稼ぐと、3ケ月ザンビアでの活動を続けているのです。
しかも、そんな生活が20年くらい続いているという。
日本の病院では、非常勤医師として働き、稼いだお金はほぼ全額巡回診察に使っているのだというのです。」

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当時、この番組を見ていた私は、感動のあまりしばらくの間声が出ませんでした。

話はここからなんです!!

番組は、何故そこまでして山元さんがザンビアの貧しい人々を救っているのか!?と報じました。
いきなり映し出された椎葉村の映像に二度ビックリ!!です。
山元さんは、宮崎県出身ということもあり、初めての赴任先が日本三大秘境である椎葉村だったと・・・。
そこでの様々な経験と、村人の優しさが彼女を無医村の辺地へと、、、
そして、「命を投げ打ってでも一生懸命生きている人が幸せになる世の中にしたい」
と人生を決定づけたと伝えました。

この番組は、女性であり日本人である私たちの心に大きく響いてくるものがありました。
私と同世代である山元先生の爪の垢を煎じて飲ませていただきたいぐらいの感動を覚えました。

では、最後になぜ椎葉村が不思議な魅力を持つ村なのか、という事を
もう一つの私の家族にまつわるエピソードをお伝えしたいと思います。

遠い昔の話ですが、私の父は物事の白黒をきちんとつけないと気がおさまらない性格で、
酒が入ると大声で怒鳴り散らすのは日常茶飯事、若いころはちゃぶ台をひっくり返したほどでした。
そんな父を連れて、私たち夫婦は椎葉村へ行きました。
晩酌を交わしながら、温かい村の人たちと何を語り合ったのでしょうか?
よほど嬉しかったのでしょう。あくる年、旅が好きでもない父が「もういっぺん椎葉へ行きたい」と、
母を連れて再び行くことになりました。

その後の父は、全く別人となりました。
どんなに憎い人にも優しく接し、晩年は敵を作ることはありませんでした。
それどころか、他人(ひと)の喜ぶ親切を買って出る、ぐらいに村一の優しい老人となりました。

椎葉村には、歴史上平家と源氏(敵と味方)が仲良く暮らした、とあります。
これほどまでに「誰もが心の奥に持っている優しい日本人の心を取り戻すことができる村」が
椎葉村を除いて、日本中探してもあるのでしょうか?

30年前、父が椎葉村を訪ねた際に私に言った一言、
「お前、椎葉村の人達を大切にしろ!!椎葉村のために何か役に立つことをしろ!!」
昨年、享年91歳の生涯を閉じた、父の辞世の句のようです。
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この文章を自らが、泣きながら書き終えました!!
ひとりでも多くの方々に、ぜひ椎葉村を知っていただきたいと思いました。

いくら耳を澄ましても、都会で暮らしている方には椎葉の良さは聞こえてまいりません。
若者は都会へ憧れ、便利さを追及するあまり、人間の幸せ感、価値観が崩れつつあります。
今、時代が少しずつ変わろうとしています。
地方であっても、情報の共有や発信は可能です。

都会にはない心の豊かさを求めて、地方へ移り住んでみたい!!
今、多くの方が気づきつつあります。
あなたも日本一美しい村、日本一心のきれいな村を訪ねてみませんか?
椎葉村地域振興課(地域おこし協力隊)ページをご覧ください。

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椎葉村をもっともっと知っていただくために、
読んでほしい本があります。

直木賞作家 乃南アサのベストセラー
「しゃぼん玉」 映画化されました!
これを見たら椎葉村の優しさがわかります。

さらに、、、

ANAの機内誌「翼の王国」9月号に椎葉村が取り上げられました!
表紙 日本語表紙 英語

左ページ 右ページ

日本国旗-[更新済み]

のふる里、椎葉村は今、世界に広がりつつあります!



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何故?今、椎葉村観光大使を引き受けたのか?

想い
08 /20 2017
私は、山を背に、目の前が黒潮踊る本州最南端の串本町で生まれ育ちました。

日本三大秘境の一つ、「平家の落人伝説」で知られる椎葉村とのご縁ができたのは、
昭和53年に椎葉村出身の夫である、現椎葉工務店会長と結婚したことでした。
夫は22歳の時に無一文で起業いたしました。
遠い昔の話になりますが、夫はよく、山奥に住む純情な人の優しさにつけ込まれ、都会に住む身勝手な人から
騙されてきました。
その度に私はお金に苦労し、子供をおんぶして夜中まで働き、幾多の苦難を乗り越えてまいりました。
七転八起の精神で、やっとここまで辿り着くことができました。

皆さま方が生きていくうえで、「何」を最も大切とされていますか?
大自然の中で育てられた人には、
日本人の多くの心の奥に眠っているに違いない、情に満ちた優しさがあります。

お金儲けの下手な夫とともに苦労の連続でしたが、山村で暮らした
「がまん強い・忍耐力・諦めない心」は今日まで歩んできた人生の糧となりました。

人生を振り返り、敵も味方もない、位も権力も意味を持たない、「静かに人生を考えてみる」
にふさわしい椎葉村を顧みずにはいられません。

今、忘れられていた故郷が立ち現われてきた感動に打たれています。
日本三大秘境である椎葉村は、現在人口3000人を切ったと聞いて、私自身慌てています。
行政の対応が「日本一美しい小さな村」にまで手の届く政治であってほしいとの願いを含めて、
任務をお引き受けさせていただきました。

最後に一言、
「山の人は粘り強い!! 負けたらあかんで!」
椎葉村で暮らす人々にエールを送り続けたいと思います。

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私が選ぶ、椎葉村の魅力 ベスト3

①源平合戦以降、平家の落人集落は日本に多く存在しますが、
 平家と源氏が仲良く暮らした村は、椎葉村以外に存在しない!
 それはなぜ、、、?

②山合の地に、何百年も前から継続し続けてきた、神楽の文化とは?

③日本人らしい文化、「かて~りの里」とは?

椎葉工務店

椎葉かな子が、椎葉村観光大使として想いを綴ります。